サーセン、出来心だったんです。

ぽよん、ぽよんと柔らかく青い体を揺らして、スラリンは海を見つめる。

ピエールは守るべき主を探しに行く!などとぬかしていなくなってしまった。
ピエールはスライムナイトなのだから、誰かの役に立つ、ということができるだろう。
しかし小さな、ただのスライム一匹に何が出来るだろう。

「あーあ、つまんねぇなー」

誰に言うともなく、スラリンは空へ向かってつぶやく。
スラリンの先祖には、同じ名前で人間と共に旅をしたスライムがいたらしい。
スラリンにそんな度胸はなかった。
先祖はとても賢く、スライムながらにルカナンやニフラムなどの魔法を操ることもできた。

「俺もそんなふうになれたらいいのにな」

海を見るのをやめて、ほてほてとスラリンは住処へと帰る。……帰ろうとした。

 

運が悪かったのだ。
強い人間に出会ってしまったのが、運の尽きだった。
人間にとっては一般的な、しかしスラリンにとっては巨大な剣が、振り下ろされる。

―――あぁ、俺、死んじゃうんだ

ぐっと、スラリンは目をつぶった。

「……スラリン!?」

その一声で、目の前の人間が振り下ろしかけた剣をぴたりと止めた。
そろそろとスラリンが目を開けると、人間が連れている馬車から、見慣れた姿が顔を出す。

「……ピエール?」

小さな剣士を頭に乗せて、ニッコリとピエールが笑う。
久々に見たピエールの姿に、スラリンはひどく安心した。

「ピエールの知り合いなんだ?」
「なんだ、先に言えよ」

スラリンの姿を見て戦闘態勢になっていた人間たちが、次々と緊張を解く。
スラリンだけが事情をよく飲み込めずに、ピエールと人間の顔を交互に見ていた。
ピエールは馬車からひょいと飛び降りて、鎧を揺らしてスラリンへ歩み寄る。

「久々だな!スラリン!」
「ピエール……主を探しに行くって言ってなかったか?」
「そうだ、ちゃんと見つけたぞ。この人だ」

ちょいちょいと、ピエールが鎧で人間たちの中のひとりを手招く。
青い髪の人間が、少しきょとんとした顔でやってきた。
スラリンは条件反射で、ついピエールの後ろへと隠れる。

「リークス殿、私の友人、スライムのスラリンだ」
「えと、スラリンだね。ボクはリークス。よろしくね」
「……天下のスライム、スラリン様だ!覚えとけ!」

差し伸べられたリークスの手を、スラリンは頭のとんがったところでぺちりと叩く。
困ったような苦笑いをリークスは浮かべ、ピエールはむっとしてスラリンを見やる。

「スラリン、礼儀がなっていない!この方は私の主だぞ」
「知るかよそんなこと!ピエールにとってこいつが主でも、俺にとってはただの人間だからな!」

ふん、とスラリンは顔を背ける。
ピエールがさらに顔をしかめて、最終的には頭に乗せていた剣士をスラリンの上に乗せた。

「重い!どかせよピエール!」
「いいや、どかさない!リークス殿に一言でいい、謝るんだ」

スラリンとピエールが口論を繰り広げていると、突然押し殺した笑いが響く。
二人が笑いの響いた方向を見ると、リークスがくすくすと笑っていた。

「きみたち、仲がいいんだね」
「「どこが!」」

鮮やかにハモったふたり。
一瞬むっとしたが、次の瞬間笑いに変わる。

「あっはははは……相変わらずだな、ピエール」
「スラリンこそ……意地っ張りなのは変わらないな」

なごやかな空気が辺りを包む。
後ろで先行きを見守っていたリークスの仲間たちが、ほっと息をつくのがみえた。
スラリンから剣士を返してもらい、しっかり頭の上に乗せたピエールは
今度は真剣な表情でスラリンを見据える。

「スラリン、リークス殿たちと一緒に来る気はないか?」
「……えっ?」

スラリンはポカンと口を開ける。
リークスは名案、とでもいうようにぽんと手をついた。

「それはいいね!ね、皆もいいよね?」
「え、あ、ちょ、まっ……」

スラリンが何か言う前に、話が決まっていく。

「いいんじゃないかしら?」
「仲間が増えるのはいいことですからね」

コクコクと頷くリークスの仲間たち。

「っだぁー!俺は!一緒に行く気はないんだって!」

大声でスラリンが叫ぶと、会話がぴたりと止まった。
一番早く硬直を解いたピエールが、ひそりとスラリンに訊ねる。

「……何故だ?」
「だって俺、ご先祖様みたいに頭良くないしな。連れてっても役立たずだし」

ぷるぷるとスラリンは青い体を震わせる。

「ここで、海を見ながらピエールが帰ってくるのを待ってるよ」

にこりと、スラリンは精一杯の笑みを浮かべた。
本当はついていきたい。
この人間たちと一緒に行けば、スラリンも先祖と同じようになれるかもしれない。
けれど、……けれど。

「俺は、俺なりに強くなるから。ピエールはピエールの好きなようにしてくれよ」

スラリンは、リークスへと向き直る。

「リークスこのやろう。……ピエールを、よろしくな」
「……うん、わかった。約束するよ」

 

次第に遠ざかっていく人影を、青い体を揺らして見送る。
今までは、誰かの役に立てるピエールが羨ましくて、妬ましかった。
しかし、今のスラリンは何か憑き物が落ちたようにすっきりとしていた。
明日からは落ち込むことなく海を見ることが出来るだろう。

「すらりんー、すらりんー、ごはんだよー!かえろうよー!はぐりんまってるよー!」
「今行くー!」

ホイミンの可愛らしい声に返事をして、スラリンは今度こそ住処へと戻っていった。

 

あとがき
なぜリメイクDQ6にはスラリンがいないんだ!という思いを込めて書いたもの。
こんなことがあったんだと信じたい。
うちの6主はリークス、5主はロークという名前です。
スラリン・ホイミン・はぐりん・ピエールは個人的に家族設定なのですよ。
このスラリンのご先祖は、もちろんあのスラリンですよ?

20100828

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